Jリーグ
日本プロサッカーリーグ。略称 Jリーグ。主催団体は公益財団法人日本サッカー協会(JFA)、公益社団法人日本プロサッカーリーグ。主管団体はJリーグに加盟する各クラブ。 1993-98年までは1部のみの「Jリーグ」として10クラブから最大で18クラブによって開催された。1999年からJリーグ ディビジョン1(J1)とJリーグ ディビジョン2(J2)の2部制に移行、現在は日本国内の30都道府県に本拠地を置く40のプロサッカークラブが加盟しており、J1に18クラブ、J2に22クラブが所属している。
設立経緯
日本におけるサッカー競技はアマチュア主体の全国リーグである「日本サッカーリーグ」(JSL)がすでに存在していたが、当時は日本国内における競技自体の人気や選手の待遇がまだまだ低く、マスコミにもあまり大きく扱われる程の存在では無かった。そこで、当時の日本サッカー協会内ではその様な状況を打破しようと、川淵三郎らが中心となって国立霞ヶ丘陸上競技場で開催する1989年2月26日のJSLの後期リーグ開幕戦を無料招待試合にするなどといった様々な試みを積極的に行っていたが、現状を変えるまでには至らなかった。 また、水面下では森健兒らを中心とした第1次JSL活性化委員会が極秘裏に「スペシャルリーグ(サッカーのプロ化)構想」を進めていたが、協会内部では“JSLの活性化”では意見が一致していたものの、まだまだ“リーグのプロ化”に対しては親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チーム出身の役員達を中心に「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などの意見がJSLの評議委員会で大勢を占めていた事から森らの計画はほとんど進展しなかった。 ところが、1980年代後半にFIFAの第7代会長であったジョアン・アヴェランジェから当時のアジアとしても初開催となる「FIFAワールドカップ」の日本開催を日本サッカー協会へ打診されると、当時の第2次JSL活性化委員会が中心にプロリーグ構想が推進され、日本初のプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)が発足し、1992年には前哨戦としてJリーグヤマザキナビスコカップが開催された。 なお、この大会ではJSLからの移行・準備的な要素が考慮された事で一部のチーム名表記については報道などでチーム表記に企業名を入れる事を暫定的に容認した。ただ、1993年以後はJリーグの方針に沿い企業名を原則排除している。